「公証」をアップグレードする――「証明付き電子メール」の取り組み
「証明付き電子メール」(Posta elettronica certificata; 略称PEC)は、2005年にイタリアで始まった電子メールサービスです。ユーザは電子メール送信の際に若干の料金を負担することで、その電子メールのトランザクションの成功 (または失敗)の記録を受け取ることができます。この記録は、取引などの際に法的に有効な証明として用いることができます。
つまり、旧来の郵便サービスにおける「書留郵便」と実質的に同じ価値を持つサービスを、インターネットで利用できるようになるのです。現在、同様のサービスはイタリアのほかスイス、ドイツ、トルコ、香港などでも提供されています。
サービス運用の主体は公共機関 (国営郵便・電報事業)であったり民間企業であったりと国によって異なります。
イタリアのPECフレームワークでは政府から認定された「認定プロバイダ」が、ユーザの電子メールトランザクションの記録に責任を持ちます。政府は認定プロバイダへの監督・規制によってトランザクション記録の法的な効力に根拠を与えています。
PECで送受信されるメッセージそのものはS/MIME署名を必須としたインターネットメールであるため、メッセージがPECの施行されている国の外へ出たとしても正常に配送されることが期待できます (トランザクションの記録は受け取れなくなります)。認定プロバイダにアカウント登録して料金を払えばだれでも利用できるため、手軽に使うことができます (イタリアでは「マンション管理組合から住民への通知を送る」といったようなごくカジュアルな使いかたもされているようです)
PECの仕様はRFC 6109として公開されました。その後欧州連合では「書留電子メール」(Registered Electronic Mail; 略称REM)として欧州標準規格ETSI EN 319 532シリーズが制定されており、2024年からはこちらに移行することで国際的な相互運用も視野に入ってきています。
以上述べてきたPECの例のように、政府の重要な役割の一つにさまざまな社会活動における「公証」(公的な証明)を根拠づけるというものがあると考えられます。人々が簡単・安全に公証サービスにアクセスできるように社会基盤をアップグレードしていく取り組みとして、旧来の郵便からPECへの移行は興味深いです。
翻って日本では政府認証基盤 (GPKI)のアプリケーションのひとつとしてマイナンバー制度が施行されていますが、従来の制度 (印鑑登録など)と一部重複したままである一方でなぜか保険証の置き換えを図ってみたり、メリットの訴求点がポイント付与であったりと、本来の目的が見失われているような印象があります。制度の役割を今一度見直す必要があるのではないでしょうか。
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